- ベテラン経理が休むと、月次の締めが止まる。あの複雑なExcel、中身は本人しか分からない。
- 見積もりの最終的な値引きは、社長の頭の中の「さじ加減」で決まる。若手はいつまでも自力で出せない。
- 昔だれかが作ったExcelのマクロが、今も動いている。作った人はもう退職。エラーが出ても、誰も直せない。
どれか一つでも「うちだ」と頭を抱えた経営者や管理職の方——それが業務の属人化です。特定の人がいないと回らない状態。多くの会社が、退職や急な休みのたびに冷や汗をかいています。
「業務を見える化しましょう」は、もう聞き飽きた
……という声が聞こえてきそうです。その通りだと思います。
「属人化をなくそう」「業務を可視化しよう」は、正論です。誰でも言えます。そして、たいていの人が知っています。本当の問題は、「で、どうやるの?」のほうにあります。
忙しくて手が回らない。本人しか分からないから、聞き出すのも大変。しかも、教えたがらない人もいる。——ここでいつも止まります。
この記事では、そこを具体的に進めます。しかも、今の時代のやり方で。AIを使えば、以前は何時間もかかった作業が、驚くほど楽になりました。ただし、AIに任せていい部分と、人にしかできない部分があります。そこも正直に分けてお伝えします。
なぜ、引き継げないのか
その前に、一つだけ。属人化と聞くと「担当者が仕事を抱え込んでいる」と考えがちですが、実態は少し違います。
多くの場合、原因は本人の意地悪ではありません。日々の業務に追われて、マニュアルを作る時間がない。前任者が急に辞めて、自己流で切り抜けるしかなかった。そういう「構造的な余裕のなさ」が根っこです。だから、犯人探しをしても解決しません。
もう一つ。属人化には「なくすべきもの」と「守るべきもの」があります。誰でもできるはずの作業が一人に偏っているなら、なくす対象。一方、長年の勘や高い専門性は会社の強みそのもの。無理に平らにならすと、かえって質が落ちます。だから最初は「剥がす」ではなく「見えるようにする」ことから始めます。
AIを使った、業務の見える化 5つの手順
手順1|本人に「語ってもらう」(音声インタビュー)
いきなり「マニュアルを書いて」と頼んではいけません。忙しい人ほど書けません。代わりに、スマホの録音アプリを回しながら、話してもらいます。まずは通常のパターンを15分ほど。例外や急ぎのときの動きは、あとで追加で聞きます。
聞く順番にコツがあります。まず尋ねるのは、「この業務は、何がきっかけで始まりますか?」。起点(トリガー)です。メールが届いたら、月末になったら、お客様から電話が来たら——どんな“合図”で動き出すのか。ここが業務の入り口です。
次に、できれば「そもそも、なぜこの業務をやっているのですか?」と聞きます。目的や背景です。ここを語れる人がいたら、最高の相手です。なぜやっているかが分かると、その業務が会社全体の流れに本当に沿っているか——つまり、まだ必要な業務なのかを判断しやすくなります。 逆に、本人が「昔から言われているから」としか答えられないなら、それ自体が大きな発見です。よくあるのが、昔えらい人に「これ、やっておいて」と頼まれた作業が、そのまま残っているケース。ところが、頼んだ本人はとっくに忘れていて、作っている資料は今や誰も見ていない——ということも珍しくありません。この場合は、なぜ必要なのかを別途たどる必要があります。そして、たどった結果「もう要らない」と分かれば、その業務ごと無くせます。
起点と目的が押さえられたら、あとはそこから順番に「次に何を」「次に誰へ」と辿ります。このとき「なぜそんなやり方を?」と問い詰めないこと。評価を挟まず、最近あった実例を1件そのまま辿ってもらうと、生々しい流れが出てきます。
手順2|文字起こしする
録音した音声を、文字に起こします。ここはAIが一番得意なところです。文字起こしができるアプリやサービスに音声を渡せば、自動で文章になります。以前は手作業で何時間もかかった工程が、ほぼ待つだけになりました。(社外秘の情報を扱うときは、文字起こしの段階から注意が必要です。手順3のメモを見てください。)
手順3|AIに、手順と判断を整理させる
文字起こしした文章を、ChatGPTのようなAIに渡して整理させます。ここでの頼み方が肝心です。丸投げせず、「何を」「どう出すか」を具体的に指示します。たとえば、こう頼みます。
以下はインタビューの文字起こしです。業務を実際に行う順番に並べ、「何を受け取るか」「何をするか」「何を渡すか」を箇条書きにしてください。発言にない内容は推測で補わず、不明な点は「要確認」と書いてください。
担当者や道具を整理したいときは、こう。
各作業について「担当者」「使うツール・書類」「作られるもの」を表にしてください。明確でない箇所は空欄にせず「不明」としてください。
そして、一番大事なのがこれです。
担当者が“判断”している箇所を抜き出してください。それぞれ「何を見て判断するか」「条件を満たす場合/満たさない場合」「例外」を整理し、基準が語られていない場合は確認質問を作ってください。
ポイントは、AIの出力を正解として扱わないこと。AIは、抜けた情報をもっともらしく埋めてしまう癖があります。「通常は」「念のため」「経験で判断する」といった言葉が出てきたら、それは“判断の基準がまだ言葉になっていない”サインです。ここを見抜くのは、人の仕事です。
🔒 社外に出せない情報を扱うときは。 ChatGPTのようなクラウド上のAIは便利ですが、入力した内容は社外のサーバーに渡ります。外に出せない情報なら、フリーで、ローカル(自分のパソコンの中)で文字起こしできるアプリ(Whisper など) を使って文字に起こし、整理も ローカルLLM(お使いのパソコンの中だけで動くAI) で行うのがおすすめです。手間は少し増えますが、情報を社外に出さずに進められます。
手順4|フロー図にする
整理できたら、図にします。最初は四角(作業)と、ひし形(判断・分岐)と、矢印(順番)だけで十分です。担当ごとに欄を分け、使う書類やシステムを作業の下に書き添えます。
ここでも、見栄えを整えすぎないこと。きれいに作り込むと、議論が「中身」ではなく「図の美しさ」に向かってしまいます。
清書や共有をしたくなったら、私は日本語で説明するだけで編集できる業務フロー図ができる道具を自分で作って使っています。「請求書が届いたら確認して、承認をもらって、記帳する」——この程度の話し言葉から、図の下書きができます。
🔗 実物:mamagotolab/bpmn-generator(ブラウザで試せます)
このツールには、使い方に一つ注意点があります。ホームページ上(mamagotolab.com/bpmn-generator/)でそのまま使う場合は、GeminiやOpenAI、AnthropicのAPIキー(各社のAIを使うための鍵)が必要で、入力した内容はその会社のAIに送られます。社外秘で外に出したくない場合は、GitHubからツール一式をダウンロードして、社内のローカルLLM(パソコンの中だけで動くAI)と組み合わせて使うのがおすすめです。こうすれば、業務の中身を社外に送らずに図にできます。
手順5|本人とすり合わせる
出来た図を渡して「合っていますか?」とだけ聞くと、遠慮して「大丈夫です」で終わります。図を上から指でなぞりながら、具体的に聞きます。
- この順番で、実際に作業していますか
- この作業の前に、確認していることはありませんか
- 忙しい日や、急ぎのときも同じ流れですか
- うまくいかず、やり直し(差戻し)になるのはどんなときですか
- この条件なら、本当に全員が同じ判断をしますか
- 失敗すると影響が大きいのは、どこですか
このとき、「間違いを探す場ではない」と最初に伝えることが何より大切です。目的は担当者の評価ではなく、仕事を安全に引き継げる状態にすること。そう共有できると、本人しか知らない工夫まで出てきます。
そして、この手順5で一番大切なのは、相手を尊重することです。長年その業務を回してきたのは、その人です。敬意を持って向き合わなければ、相手は心を開かず、これから先の業務改善にも前向きになれません。逆にやってはいけないのは、当人を置き去りにして「改善される対象」にしてしまうこと。そうではなく、「あなたが、この業務を良くする当事者です」という立場をつくる。すると見える化は、やらされ仕事ではなく、自分の仕事を良くする取り組みに変わります。ここが、その後の改善がうまく進むかどうかを分ける、決定的な違いです。
AIで楽になったのはどこ? 難しいのはどこ?
ここが、この記事で一番お伝えしたいところです。
AIのおかげで、文字起こし・要約・図の下書きは、ずっと楽になりました。以前は何時間もかかった作業が、短時間で形になります。ただし、任せていいのは「下書き」まで。中身の確認は省けません。誤って文字起こしされた金額や、AIが埋めた“もっともらしい嘘”を見抜くのは、人の仕事です。
そして、そもそもAIに任せられないのが、次の3つです。
- うまく聞き出すこと。何を聞けば本音と実態が出るか。
- 抵抗する人と、信頼をつくること。「ノウハウを出すと自分の立場が弱くなる」と身構える人の事情を受け止め、約束を守って信頼を積む。
- 頭の中の「判断の基準」を、言葉にすること。暗黙のさじ加減を、誰でも使える言葉に翻訳する。ここが属人化解消の、本当の山場です。
目安として、こう切り分けられます。
| 社内でまず試せること | 経験者を入れたほうがよいこと |
|---|---|
| 担当者1人・1業務の聞き取り | 複数の部署・取引先をまたぐ整理 |
| 通常パターンの書き起こし | 例外・承認・差戻しが多い業務 |
| AIによる一覧化・図の清書 | 説明の矛盾や、責任の分担を整理する |
| 本人による一次確認 | 法務・会計・安全に関わる工程の判断 |
| 軽微な重複・転記の発見 | 廃止・自動化してよいかの最終判断 |
私は、段取りを組み、関わる人たちの利害を整えて、面倒を減らす仕事をずっと続けてきました。その経験から言えるのは、道具が進化しても、この「人と向き合う部分」の重みは変わらないということです。むしろ、単純作業がAIで消えるほど、ここだけが残ります。
見える化の、その先
流れが図になると、次が見えてきます。どこで止まりやすいか。どこでミスが起きやすいか。一人に集中しすぎていないか。 見えた業務のリスクを洗い出し、「この確認は二重だから片方は消せる」「この転記は今の道具なら自動にできる」と改善案に落とす——ここが、私が本業でやっている仕事です。
一つ、実際に整理したケースをお話しします。
調達と、納品の調整をしている業務を見える化したときのこと。担当者は、はっきりしたルールや指示書がないまま、日々の発注をこなしていました。よく話を聞いて流れを紐解いてみると——発注する数量もタイミングも、本人の「勘」と「過去の経験」で決めていたのです。
本人の中では、ちゃんと回っています。でも、その人がいなくなれば、途端に誰も発注できません。しかも「なんとなく多めに」「たぶん大丈夫」という判断が続くと、在庫の持ちすぎや、逆に欠品といったリスクもついて回ります。
そこで、見える化した流れをもとにリスクを分析し、改善しました。「この水準を下回ったら発注する」というしきい値を決め、発注数をチェックする工程を差し込んだのです。勘だのみだった判断が、誰がやっても同じようにたどれる基準に変わりました。
これが、手順3で触れた「頭の中の“判断の基準”を、言葉にする」の実際です。見える化は、こうした改善の入り口になります。
この「勘を、誰でもたどれる基準に変える」進め方は、別の記事で詳しく書きました。ここで触れた発注業務の話も、そちらで最後まで追っています。
👉 あの人の「勘」は、なぜ引き継げないのか──暗黙の判断を、会社の基準に変える
そして、基準を決めて改善したあとに、必ず聞かれることがあります。「で、効果はどれくらい出たの?」です。ここで答えられずに困る人が多いので、3回の連載にしました。
👉 「で、効果はどれくらい出たの?」に答えられないとき──改善の成果を、何で測るか
Q&A
Q. 録音は、どのくらいの長さが必要ですか?
A. 1業務あたり15〜30分が目安です。まず通常の流れを一度通しで語ってもらい、「他にイレギュラーはありますか」と例外を追加で聞きます。
Q. 誰に聞けばいいですか?
A. まずは実際に手を動かしている担当者本人。加えて、その業務の目的を知っている“依頼元”がいれば、背景も確認します。両方そろうと、必要な業務かどうかまで判断できます。
Q. どこまでやれば「見える化できた」と言えますか?
A. 通常の流れに加えて、主な例外・差戻し・判断の基準が図と言葉になり、本人以外がたどれる状態になれば十分です。
Q. AIが整理した内容は、そのまま信じていいですか?
A. いいえ。AIは、語られていない部分をもっともらしく埋めることがあります。「発言にない内容は推測しない」と指示し、最後は必ず本人に確認してください。
Q. 社外秘の情報は、どう扱えばいいですか?
A. クラウドのAIには入れず、フリーでローカルに文字起こしできるアプリ(Whisper等)とローカルLLMで、パソコンの中だけで処理します。録音の同意や、データの保存先のルールも先に決めておきましょう。
おわりに
まずは、この手順1〜5を、社内で試してみてください。AIのおかげで、最初の一歩はぐっと軽くなっています。
ただ、「うまく聞き出せない」「相手が身構えてこじれた」「リスクや改善案まで見きれない」——そこで止まったら、その部分だけ外の人間を頼るという手もあります。社内の力関係と切り離して、担当者を責めずに整理を進めるのは、外部の作り手が得意とするところです。
「自社の“あの人しか分からない業務”を、見える化から整理したい」というご相談を承っています。業務の流れを整理する“要件定義”から、リスクの洗い出し・改善提案、その先の運用まで対応します。
- ホームページ:https://mamagotolab.com
- ご依頼(クラウドワークス):https://crowdworks.jp/public/employees/6942778
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