次の質問に、すぐ答えられるでしょうか。

一つでも詰まったら、この記事が役に立ちます。ランサムウェア(データを暗号化して身代金を要求する攻撃)への技術的な対策は、専門の会社に相談するのが確実です。この記事で扱うのは、その手前の業務側で決めておくことです。システムが止まっている間、手作業でどこまで回すか。その手順書の作り方をまとめます。

この記事の要点

  1. 警察庁の調査に回答した被害企業・団体の多くは「全業務停止」ではなく「一部の業務に影響」。優先する業務を別の手段で続ける準備が要る
  2. バックアップは業務を回す手段ではない。復元できなかった例は多く、復旧には週単位・月単位かかることがある
  3. 人手の確保とあわせて、先に決めておきたいのは「情報」「連絡手段」「切り替えを決める人」の3つ。そして復旧後の「戻し」まで手順に含める

数字で見る:影響は「一部」が多く、復旧は長引くことがある

警察庁が2026年9月に公表した「令和8年上半期におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」から、業務の備えに関わる数字を抜き出しました。

項目 令和8年上半期の数字
ランサムウェアの被害報告 123件。半期では統計開始(令和2年下半期)以降で最多
うち中小企業 79件(大企業31件・団体等13件)
業務への影響(回答52件) 全業務停止9件・一部の業務に影響41件・影響なし2件
バックアップからの復元(回答40件) 復元できた11件・復元できなかった29件
復元できなかった理由(回答29件) バックアップも暗号化・消去された14件・運用不備8件・その他7件
復旧に要した期間(回答48件) 1週間未満17件・1週間〜1か月未満6件・1〜2か月未満4件・2か月以上8件・回答時点で復旧中13件

※ 被害報告件数と規模別の内訳は警察庁への報告件数。業務への影響・バックアップ・復旧期間は、被害に遭った企業・団体へのアンケートの有効回答で、項目によって回答数が違います。

ここから、業務の側で読み取れることは3つあります。

一つ目。被害報告123件のうち79件が中小企業です。会社の数に対する被害の割合までは分かりませんが、「うちは狙われるほど大きくない」と考える根拠にはなりません。IPAの「情報セキュリティ10大脅威 2026」でも、組織向けの1位は「ランサム攻撃による被害」です。

二つ目。業務への影響を答えた52件のうち、41件は「一部の業務に影響」でした。影響の中身は、停止から遅れまで幅があるはずです。それでも、使える部分が残っているなら、必要な情報と代わりの手段を用意しておけば、優先する業務の一部を続けられる可能性があります。

三つ目。復旧は長引くことがあります。1週間以内に戻ったのは回答の約3分の1です。手作業で回す期間は、数日ではなく数週間を想定しておくほうが安全です。

実際に起きたこと:FAXと手作業で受注をつないだ例

公表された例を2つ挙げます。

日本トレクス(2026年9月)
トレーラーなどを作る会社です。9月8日に第三者による不正アクセスがあり、一部のシステムが止まりました。止まったのは、インターネットでの発注業務、指定取引先向けの部品受注システム、そして取引先とのメールの送受信です。同社は当初の発表で、部品受注システムについて「FAXでの受注は可能」と記し、代替手段で業務を続けていると説明しました(同社の発表)。その後、止まっていた3つの業務を再開したと発表しています(再開の発表)。なお、同社の発表は「不正アクセス」としており、ランサムウェアかどうかは明記していません。システムが止まった事例として紹介します。

アサヒグループホールディングス(2025年9月〜)
サイバー攻撃で受注・出荷のシステムが止まりました。同社は10月14日の発表で、商品の供給を最優先の業務と位置づけ、「部分的に手作業での受注を進め、順次出荷を開始しています」と説明しています(同社の発表)。

2社に共通するのは、システムが戻るのを待たずに、最優先の業務を別の手段で再開したことです。そして日本トレクスの例では、メールも同時に止まっています。「システムが止まったらメールで受ければいい」という備えは、通用しないことがあります。

手作業で回すときに足りなくなる3つ

手作業への切り替えでよく話題になるのは「人手」です。人手の確保とあわせて、業務の流れを分解すると、先に確認しておきたいものが3つあります。

1. 情報:システムの中にしかない

受注を手で受けるには、少なくとも次の情報が要ります。

これらがシステムの中にしかないと、FAXを受け取っても「この単価で合っているか」「出荷できる在庫があるか」が分かりません。手作業の手順書を書く前に、手作業に必要な情報を外に出しておく必要があります。

もう一つ、外に出した情報には限界があります。在庫の数は、書き出した時点の数です。だから手作業の間は、注文を「受け付ける」ことと、価格・納期・出荷を「約束する」ことを分けて決めておきます。単価や在庫を確かめられない注文は、受け付けたうえで誰に回し、取引先に何と伝えるか。ここまで決めておくと、手作業でも約束違いが起きにくくなります。

2. 連絡手段:メールも止まることがある

社内のネットワークを遮断すると、メールや社内チャットも使えなくなることがあります。取引先に「いまはFAXと電話で受けます」と知らせる手段と、その連絡先一覧を、システムの外に用意しておきます。FAXや電話の機器が社内ネットワークにつながっている場合は、遮断したときに使えるかどうかも確かめておきます。

3. 判断:「手作業に切り替える」と誰が決めるか

止まった直後は「すぐ戻るかもしれない」と待ちがちです。待っている間に、受けるべき注文が溜まっていきます。何時間止まったら切り替えるか、それを誰が決めるかを先に決めておくと、迷う時間が減ります。

「止まった日の手順書」の作り方:5つの手順

手順1:止めない業務を1つだけ決める

全部の業務に代わりを用意するのは無理です。まず「これが止まると、お客さまと売上に直接響く」業務を1つ選びます。多くの会社では受注か出荷のどちらかです。アサヒの例でも、最優先は商品の供給でした。

手順2:その業務に必要な情報と道具を書き出す

選んだ業務を、ふだんの手順どおりに1件ずつたどります。そのとき、画面で見ている情報と、使っている道具を全部書き出します。ふだんの操作手順書があれば、その各手順で「画面のどの情報を見て判断しているか」に印をつけると、洗い出しが早く進みます。

手順3:情報を「システムの外」に定期的に出しておく

手順2で書き出した情報のうち、手作業に最低限必要なものを、決まった頻度で書き出します。たとえば取引先一覧と単価表は月1回と単価を変えたとき、受注残は毎日、のように頻度を分けます。書き出した一覧には、いつ時点の情報か(出力日時)を必ず残します。

置き場所は、ふだんのネットワークから切り離された場所にします。印刷して保管する、ネットワークにつながない媒体に保存する、などです。どこまで切り離すかは、会社の規模と情報の重さで変わるので、セキュリティの専門家に確認してください。

手順4:切り替えの手順と「戻し」の手順を書く

手順書には、次の表の項目を1行ずつ埋めます。

項目 書くこと 記入例(架空の会社の例)
対象の業務 手順1で選んだ業務 受注
切り替えの条件 何時間止まったら手作業にするか 受注システムが2時間使えないとき
決める人 切り替えを宣言する人と、その代理 営業部長(不在なら総務課長)
代わりの手段 何で受け、何に記録するか FAXと電話で受け、紙の受注台帳に記入
手作業でやる範囲 受付だけか、納期の回答までするか。確かめられない注文をどうするか 受付と受付番号の連絡まで。単価・在庫が確かめられない注文は営業部長に回し、取引先には「確認後に連絡」と伝える
必要な情報の置き場所 手順3で外に出した情報の場所 金庫の中の取引先一覧・単価表(毎月更新)
取引先への連絡 誰が、何で、何を伝えるか 営業担当が電話で「当面FAXで受けます」と伝える
戻しの手順 復旧後に、手で受けた分をどう入れ直すか 台帳の番号順に入力し、1件ずつ「商品・数量・単価・出荷済みか」を照合する。止まる直前にシステムへ入った注文との重複も確かめる

手順5:年に1回、半日だけ手作業で回してみる

手順書は、書いただけでは動きません。たとえば年に1回、架空の注文を数件、システムを使わずに受け付けてみます。受付から、復旧後の入れ直しと照合までを通すのがポイントです。紙の受注台帳に書く欄が足りない、FAX番号が古い、改定した単価が一覧に反映されていない、といった穴は、実際に回して初めて見つかります。

いちばん重いのは「戻すとき」

手作業への切り替えは、慌ただしくても何とか回ります。本当に手間がかかるのは、システムが戻ったあとです。

数週間分の注文が、紙の台帳とFAXの束になって残ります。これをシステムに入れ直し、出荷済みかどうか、請求済みかどうかを突き合わせます。ここで入力漏れや二重入力が起きると、請求のずれとして後から表に出ます。

戻しを軽くするコツは、手作業の段階から、入れ直す形で記録しておくことです。

照合は件数だけでは足りません。件数が合っていても、数量や単価の写し間違いは見つからないからです。受付番号ごとに、商品・数量・単価と、出荷・請求の状態を突き合わせます。

もう一つの落とし穴は、止まる直前の注文です。システムに入ったかどうか分からない注文が、紙でも受けられていると、二重に登録されます。止まった時刻の前後の注文は、取引先の注文番号で重複を確かめます。

入れ直す件数が多いときは、台帳を表計算ソフトの一覧(CSV)にしてから入れる方法もあります。システムに一覧を取り込む機能があるか、なければ同じ形の入力を繰り返す自動入力の道具が使えるかを確かめます。どちらの場合も、入れたあとの照合までを手順に含めます。

手順書を作る段階で、戻しまで書いておくことが大切です。切り替えだけの手順書では、復旧後の数日間が、もう一つの障害になります。

よくある質問

Q:バックアップを取っていれば、手作業の手順書は要りませんか?
A:要ります。警察庁の令和8年上半期の調査では、バックアップからの復元結果を答えた40件のうち、29件が復元できませんでした。理由で最も多いのは、バックアップ自体も暗号化・消去されたことです。復元できる場合も、作業の間は業務が止まります。

Q:小さな会社でも、ここまで必要ですか?
A:同じ調査で、被害123件のうち79件が中小企業でした。全部を用意する必要はありません。手順1の「止めない業務を1つ」と、手順3の「情報を外に出す」だけでも、止まった日の動き方が変わります。

Q:情報を印刷して保管すると、それが漏えいの原因になりませんか?
A:なり得ます。取引先の情報や単価は、漏れると困る情報です。保管場所、保管期間、古い版の処分方法を決めてください。どこまで外に出すかの判断は、専門家への相談をおすすめします。

Q:セキュリティ対策はどうすればいいですか?
A:この記事は業務側の備えだけを扱っています。侵入を防ぐ対策(ネットワーク機器の更新、多要素認証など)は、IPAや警察庁の資料を確認のうえ、専門の会社に相談してください。

まとめ:手順書は「止まったあとの業務設計」

システムが止まったときに、会社を動かし続けるのは業務の側です。どの業務を止めないか。そのために何の情報を外に置き、誰が切り替えを決め、どう戻すか。どれもIT部門だけでは決められません。

システムが止まっている間の受付方法や、復旧後の入れ直し・照合の仕組みづくりのご相談を承っています。
まずは「止めたくない業務」「使っているシステム」「止まると困る処理」を文章でお知らせください。実際のデータやログイン情報は不要です。
業務の流れを整理して「何を作るか」を決めるところ(要件定義)から、運用後の保守まで対応します。やり取りはすべて文章で進めます。

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