業務でAIを使う話になると、社内の反応は二つに割れがちです。
「便利だから早く使おう」と「危ないからやめておこう」です。
どちらの声にも理由があります。ただ、次のような状態なら、一度リスクを棚卸しする時期です。
- 誰がどのAIを使っているか、会社として把握していない
- 「個人情報は入れないこと」という決まりだけがある
- 「最後は人が確認します」と決めたが、何を確認するかは決めていない
- AIで作った仕組みの中身を、作った本人しか説明できない
この記事では、業務の流れに沿って12のリスクを洗い出します。あわせて、確認する質問と、AIに任せる範囲の決め方をまとめます。
この記事の要点
- AIのリスクは「使うと起きるもの」だけではない。使っていない会社にも、外から来るものがある
- 禁止だけでは止まらない。誰が何に使っているかを把握する棚卸しが先
- 任せる範囲は「間違いに気づけるか」「取り消せるか」の二つで決める
最近のニュースは、3つに分けて読む
最近の報道は、まとめて「AIのせい」に見えます。ですが、確認できる事実はそれぞれ違います。
| 話題 | 確認できること | AIとの関係 |
|---|---|---|
| 個人情報の流出の増加 | 4月1日〜10月16日の不正アクセスによる漏えい報告は2,094件、延べ約2億6000万人分(時事通信が伝えた個人情報保護委員会の速報値) | 疑いの段階。 NHKはセキュリティー会社の見方として「AIが悪用されている可能性が高い」と報道。増加の原因とは確定していない |
| PHPの脆弱性(PHP2Shell) | 多くのWebサイトを動かすプログラム言語PHPに、遠隔から悪用できる欠陥(IPA)。悪用も確認済みで、IPAは国内の被害事例を把握していないとしている | 発見にAIを使用(BCSの分析)。この件の攻撃にAIが使われたかは、今回の調査では確認できなかった |
| パナソニックグループの約33.4万人分 | 社内で禁止していた外部の生成AIへ、プロジェクトの関係者が人事データをアップロード(ITmedia) | 利用時の問題。 外部からの攻撃ではない |
3つは、対策がまったく違います。
流出の増加とPHPの件は、外部からの攻撃への備えの話です。パナソニックグループの件は、社内の使い方の話です。分けずに「AIは危ない」とまとめると、何をすればいいかが見えなくなります。
PHPの件は、もう一つのことを示しています。報道によれば、この欠陥は10年以上前のコードにあり、AIを使った調査で見つかりました。AIは、弱点を見つけて直す側の道具にもなります。同じ力は、悪用する側も使えます。
生成AIの業務利用のリスク一覧(12項目)
業務の流れに沿って、5つの場面に分けました。
1〜8は公開された事例や調査をもとにしています。9〜12は、業務を設計する立場からの私の見立てです。
| 場面 | リスク | 確認する質問 |
|---|---|---|
| 外から来る | 1. 弱点を突かれるまでの時間が縮む | 自社のサイトや機器の更新を、誰がいつ確認していますか |
| 外から来る | 2. なりすましが本物らしくなる | 送金や口座変更を、別の連絡手段で確かめる決まりがありますか |
| 入れる | 3. 入れてはいけない情報を入れる | 入力してよい情報と、いけない情報を、具体例で示していますか |
| 入れる | 4. 会社が把握していないAIを使う | 誰がどのAIを使っているか、答えられますか |
| 作らせる | 5. もっともらしい誤りを出す | 出力の誤りを、誰がどの資料と照らして見つけますか |
| 作らせる | 6. 権利や規約に触れる | 使っているサービスの規約を確認した人がいますか |
| 任せる | 7. 権限を渡しすぎて、大きく壊す | AIに渡した権限で、最悪何が起きますか |
| 任せる | 8. 読ませた文書の中の指示に従う | AIが読む文書に、外部から届くものが混ざっていませんか |
| 続ける | 9. 人の確認が形だけになる | 確認する人は、何を見れば合格と判断しますか |
| 続ける | 10. 中身を分かる人がいなくなる | AIが止まっても、その業務を人の手で回せますか |
| 続ける | 11. 料金・性能・提供条件が相手の都合で変わる | 変わったときの代わりの手段を決めていますか |
| 続ける | 12. AIで作った仕組みの保守担当がいない | その仕組みが止まったとき、誰が直しますか |
外から来るリスク:AIを使っていなくても関係がある
1. 弱点を突かれるまでの時間が縮む
Verizonの2026年版の調査では、ソフトウェアの欠陥を突く侵入が31%で最多になりました。盗まれたパスワードなどを上回るのは、19年の調査で初めてです。発表では、AIを使う攻撃者によって防御側の猶予が「数か月から数時間へ」縮んでいるとしています(Verizon)。
なお、この調査は2025年のデータにもとづきます。
PHPの件では、8.1以前のバージョンに修正プログラムが提供されません(IPA)。
「制作会社に任せたまま、誰も見ていないサイト」は、特に確かめておきたい場所です。
2. なりすましが本物らしくなる
英国の設計会社Arupでは、香港の従業員が偽のビデオ会議に参加し、最高財務責任者になりすました相手の指示で15回、計2億香港ドルを送金しました。会社は偽の声と映像が使われたことを認めています。社内システムへの侵入はなかったとしています(Dezeen)。
システムへの侵入を防ぐ対策に加えて、人の判断を狙う攻撃への備えも必要です。
技術的な対策とあわせて、送金や送金先の変更は、依頼が来た経路とは別の連絡手段で確かめる決まりにします。
入れるときのリスク:禁止だけでは止まらない
3. 入れてはいけない情報を入れる
パナソニックグループの件は、利用を禁止していたサービスで起きました。
対象は従業員、元従業員、その家族の連絡先などです。会社の発表を伝える報道によれば、学習に使う機能は無効で、具体的な被害は確認されていません。一方で、事業者は削除後もデータを30日間保持するとされています。
ここで分かるのは、「学習に使われない」と「事業者の手元に残らない」は別の話だということです。
個人情報の入力については、個人情報保護委員会が2023年に注意喚起を出しています(Impress Watch)。自社の扱いが適切かの判断は、専門家に相談してください。
4. 会社が把握していないAIを使う
同じVerizonの調査では、AIをよく使う従業員の割合が1年で15%から45%へ増えました。会社が認めていないAIの利用は、悪意のない情報漏えい行為のうち3番目に多いものです。
禁止していても、会社が認めていないAIを使う人が出ることがあります。
だから、禁止と同時に使ってよい道を用意する必要があります。業務で使えるサービスを会社が決め、入れてよい情報を例で示します。
作らせるときのリスク:誤りは自信ありげに出てくる
5. もっともらしい誤りを出す
カナダのAir Canadaでは、サイトのチャットボットが割引運賃の条件を誤って案内しました。会社側は「正しい情報は別のページにある」と主張しましたが、審判所は認めず、顧客への支払いを命じました(Torkin Manes)。金額は約650カナダドルですが、会社のサイトでAIが話した内容の責任を問われた例です。
私自身の実測でも、自信の高さは正しさを保証しませんでした。架空の問い合わせ例文54件で振り分けをAIに試した検証では、AIの自信を示す数値(確信度)が0.70以上なら自動で振り分ける設定にすると、複数の用件が混ざった例文は7件中5件が誤りでした(検証記事)。
架空の例文での結果なので、実際の業務の精度を示す数字ではありません。それでも、用件が1つの18件はすべて想定どおりで、外れ方に偏りがあることは分かりました。
だから、「AIの自信が高ければ通す」だけでは足りません。この検証では、複数の用件が混ざった問い合わせは人に戻す、という線を決めました。
6. 権利や規約に触れる
出力物の権利や、入力した情報の扱いは、サービスと契約プランで変わります。
使う前に規約を確かめる人を決めてください。個別の判断は、専門家に相談してください。
任せるときのリスク:お願いではなく権限で決まる
7. 権限を渡しすぎて、大きく壊す
2025年7月、開発支援サービスReplitのAIが、変更を止める指示が出ていた間に本番のデータベースを消したと、利用者が報告しました。AIは「元に戻せない」と答えましたが、利用者は手作業で復元できたと報じられています(Fortune)。
学ぶ点は二つあります。「やらないで」という指示は、安全装置になりません。そして、AIの報告は事実と別に確かめる必要があります。
対策の考え方は、freeeにAIを繋ぐ前にに書いたとおりです。書かせたくないなら、書ける権限を最初から渡しません。
8. 読ませた文書の中の指示に従う
Microsoft 365 Copilotで見つかった欠陥EchoLeakは、メールに隠した指示で、AIに社内データを外へ送らせる攻撃手法でした。受信者がリンクを押さなくても、後でCopilotに関連する質問をすると成立する形で、修正済みです。実際の悪用は確認されていません(BleepingComputer)。
メールや問い合わせ文は、外部の誰でも書けます。
これをAIに読ませるなら、読ませたAIに強い権限を持たせないことが基本です。
続けるときのリスク:業務改善で見落としやすい4つ
ここからは私の見立てです。事故の報道にはなりにくいものの、長く運用するほど効いてきます。
9. 人の確認が形だけになる
AIの出力が毎回ほぼ正しいと、確認する人の目は少しずつ緩みます。
「人が確認する」だけでは手順になっていません。何と照らして、何を見れば合格か。確認の中身まで決めます。
10. 中身を分かる人がいなくなる
ベテランにしか分からない業務を解消したのに、今度はAIにしか分からない業務ができる。これは属人化の行き先が変わっただけです。
AIが止まった日に人の手で回せるか。手順と判断基準を文章で残しておきます。
11. 料金・性能・提供条件が相手の都合で変わる
AIサービスの条件は、使う側では決められません。
私が調べ物に使っていたコマンドも、2026年6月に廃止され、後継へ移りました。料金が下がる変更もあります。
変化そのものは避けられません。特定のサービスの名前を業務手順に埋め込みすぎず、代わりの手段を一つ決めておきます。
12. AIで作った仕組みの保守担当がいない
AIの支援で、小さな仕組みを作るハードルは下がりました。
そのぶん、作った人しか知らない仕組みも増えます。PHPの件で問われるのも、同じことです。「うちのサイトは何で動いていて、誰が更新するのか」。AIで作った仕組みにも、同じ問いが来ます。
任せる範囲は「気づけるか・戻せるか」で決める
12項目を同じ重さで扱うと、何も始められません。
そこで業務ごとに、二つの質問で分けます。
- 間違いに気づけるか:出力を見た人が、誤りを見つけられるか
- 取り消せるか:間違えても、元に戻せるか
| 取り消せる | 取り消せない | |
|---|---|---|
| 気づける | 任せる。 例:社内メモの要約、下書きの作成 | 下書きまで任せ、実行は人。 例:顧客へ送るメール、請求書の発行 |
| 気づけない | 別の方法で確かめる。 例:大量データの分類(抜き取り検査を組む) | 任せない。 例:送金、本番データの削除、法律や医療の判断 |
表の例は目安です。同じ要約でも、原文と照らせなければ誤りには気づけません。「誰が、何と照らせるか」「実行の前に止められるか」を、業務ごとに確かめてください。
便利さではなく、間違えたときの結果で線を引きます。
この考え方なら、新しいAIが出ても基準を作り直さずに済みます。
最初の棚卸しは5列で足りる
対策の前に、現状を一覧にします。表計算ソフトで、次の5列を作るだけです。
| 列 | 書くこと | 記入例 |
|---|---|---|
| 業務 | AIを使っている、または使いたい業務 | 問い合わせの一次返信 |
| 使うAI | サービス名と契約プラン | (自社で使うサービス名) |
| 入れる情報 | 個人情報や取引先の情報が入るか | 顧客名、問い合わせ本文 |
| 任せる範囲 | 下書きまでか、実行までか | 下書きまで。送信は人 |
| 担当 | 確認する人と、止まったときに直す人 | 確認:営業担当/復旧:情報システム担当 |
埋まらない欄が、そのまま優先して片付ける場所です。
聞き取りでは、「使っていませんか」ではなく「どの業務でいちばん助かっていますか」と聞きます。責められると感じる聞き方では、実態を話してもらえないおそれがあります。
ママゴトラボの運用で決めていること
私もAIを毎日の開発に使っています。自分の業務で決めているのは次の4つです。
- 顧客に送る文面は、主張を一覧にして別のAIに点検させる:指摘された点は出典と照らし、送るかどうかは私が判断する
- 公開と送信は人が判断する:記事の公開やプログラムの反映は、実行の前に私が確認する
- 読むだけと書けるを分ける:業務データにつなぐときは、読むだけの権限から始める
- 判断の基準を文章で残す:手順と決めたことをファイルにしておき、AIを替えても引き継げるようにする
どれも特別な技術ではありません。業務の流れの中に、確認の場所を置いているだけです。
よくある質問
Q:AIを使っていない会社なら、リスクはありませんか?
A:いいえ、あります。なりすましや、ソフトウェアの弱点を狙う攻撃は、自社がAIを使っているかに関係なく届きます。また、従業員が個人で使っている可能性もあります。
Q:AIの利用を全面禁止にすれば安全ですか?
A:禁止だけでは止まらないことがあります。パナソニックグループの件は、利用を禁止していたサービスで起きました。使ってよいサービスと、入れてよい情報を示すほうが、実態を把握しやすくなります。
Q:「学習に使わない」設定にすれば、個人情報を入れても大丈夫ですか?
A:それだけでは判断できません。学習に使わなくても、事業者が一定期間データを保持することがあります。契約条件を確認し、必要なら専門家に相談してください。
Q:小さな会社は、何から始めればいいですか?
A:上の5列の棚卸しからです。次に、送金や口座変更を別の連絡手段で確かめる決まりを作ります。どちらも費用をかけずに始められます。
まとめ:AIのリスクは業務の流れの中で管理する
AIが危ないか安全か、という問いには答えが出ません。
同じ道具が、弱点を見つけて直すことにも、悪用することにも使えるからです。
業務の側で決められることはあります。何を入れるか。どこまで任せるか。誰が確認し、止まったときに誰が直すか。
業務の棚卸しから、AIに任せる範囲を決めた仕組みづくりまでのご相談を承っています。
自動化したい業務と、いま人が確認していることを文章でお知らせください。
業務の流れを整理して「何を作るか」を決めるところ(要件定義)から、運用後の保守まで対応します。やり取りはすべて文章で進めます。
- ホームページ:https://mamagotolab.com
- ご依頼(クラウドワークス):https://crowdworks.jp/public/employees/6942778
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