手順書を作ってもらいました。引き継ぎ資料も揃っています。

それなのに、誰もついていけません。

「ここ、どうすればいいですか」と聞かれます。書いてあります。書いてあるのに、伝わっていません。

手順が足りないのだと思って、書き足します。資料は厚くなります。質問は減りません。

完璧な手順書は、存在しません

まず、身も蓋もないことを書きます。

完璧な手順書はありません。 どんなに丁寧に書いても、読む人によって伝わり方は変わります。

問題は、書いた本人が「これで完璧だ」と思っていることです。悪気はありません。書いた人の中では、すべてつながっているからです。

手順は抜けていない。順番も正しい。画面の名前も合っている。書き手の視点では、確かに完璧です。

伝わらない資料は、たいてい「自分目線」で作られています

伝わらない資料には、共通点があります。

誰に読ませるかを決めないまま書かれている。

引き継ぎ資料は、ここが抜けたまま作られることがほとんどです。 そして詰みます。

「引き継ぎ資料を作る」という作業は、たいてい自分がやっていることを書き出すところから始まります。手順を思い出しながら書く。このとき、目線は自分の側にあります。

読む人の側に立ち直す工程が、どこにも入っていません。

見るべき場所は、実は多くありません。①誰に読ませるかを決める ②説明なしの言葉 ③指示語でごまかされた固有名 ④初出の説明 ⑤関係先が何をする相手か。 この5つです。

以下、順に見ていきます。

引き継ぎ資料でつまずくのは、専門用語ではありません

「専門用語を減らしましょう」という話だと思われるかもしれません。違います。

引き継ぎで実際に詰まるのは、もっと手前にあります。

① 社内の略語

締めの前に、保留が残っていないか確認してください」

長くいる人には日常語です。そもそも用語だと認識されていません。 ですが初めての人には、何を締めるのか、いつなのかが分かりません。

② 業界の中でだけ通じる言い方

どの業界にも、外に出た瞬間に通じなくなる言葉があります。

その業界にいる人にとっては、正式名称より自然な呼び方です。だから説明が要るという発想が出てきません。

中途採用の人は、前の職場で違う言葉を使っていました。 同じものを別の名前で覚えているぶん、かえって混乱します。

③ 社内システム名

受注管理を開いて、確定したら基幹へ連携します」

名前は書いてあります。ですが、何をするシステムかは書かれていません。

名前が付いていると、書いた側は説明した気になります。読む側にとっては、知らない固有名詞が2つ増えただけです。

④ 指示語でごまかされた固有名

「イレギュラーは例のシートに記録を残します」

これが最悪です。正式名も、置き場所も書かれていません。 知っている人にしか実行できない手順が、資料の中に堂々と残ります。

そして、聞きにくい

どれも「それは何ですか」と聞けば済む話です。ですが、聞きにくい。

その場にいる全員が当たり前に使っている言葉ほど、「知らないのは自分だけかもしれない」と思うからです。

結果、分からないまま進み、あとで手戻りになります。

引き継いだ人が育たない原因を「本人の理解力」に置いてしまうことがありますが、渡した資料が読める状態になっていなかっただけのことがあります。

用語より厄介なもの:関係性が書かれていない

これが、いちばん見落とされます。

引き継ぎ資料には、たいてい「関係先」の一覧が入っています。取引先、委託先、他部署。名前は書いてあります。

書かれていないのは、その相手が何をする相手なのかです。

こういう資料を見たことはないでしょうか。

関係先
- A社:システム保守
- B社:受注管理の開発元

読む人は、両方の社名を覚えます。それで安心します。

そして、画面が動かなくなったときに詰まります。

これは保守の話でしょうか。それとも開発した側の話でしょうか。A社に連絡すべきか、B社に連絡すべきかが、この資料からは決められません。

実際には「どこまでがA社の契約範囲か」が決まっているはずです。それが資料に書かれていないだけです。

結果、こうなります。

引き継ぎができていない、という状態は、こうやって作られます。

用語は調べられます。関係性は調べられません。

ここが決定的な違いです。

分からない言葉は、検索できます。人に聞いても、答えが返ってきます。

ですが「A社とB社の責任の境目」は、どこにも書いていません。 社内の誰かの頭の中にしかありません。

だから関係性の抜けは、用語より優先して埋めるべきです。

私も、同じことをしていました

人のことは言えません。

他人に渡すための説明書を書いたとき、私はそこにこう書いていました。

プログラムを書ける必要はありません。

嘘ではありません。中身を書き換えるのに、プログラムの知識は要りません。

ですが使い始める準備には要ります。 3つの操作をしないと、そもそも動きません。

「誰でも使えます」と書いておきながら、実際には前提を要求していました。 私の頭の中では、その3つは「できて当たり前」だったからです。要求している自覚がありませんでした。

これが自分目線です。読んだ人は「自分にもできそうだ」と思って進み、3行目で詰まります。

「配布資料だから丁寧に書いた」も、あてになりません

もう1つ点検しました。非エンジニアの担当者に無料で配っているワークブックです。

印刷して書き込む形式で、専門用語はかなり噛み砕いたつもりでした。難しい言い方をする箇所には、わざわざ「この資料での言い方」を別に用意したほどです。

それでも、説明のない用語が16件残っていました。

とくに痛かったのがこれです。

足切り(条件に合わないものを、候補から外すこと)

使い方の手順の中にありました。「この条件で足切りします」と、説明なしで書いています。ここで止まると、シートを1枚も埋めないまま離脱します。

ほかにも 滞留 カバー率 マスタ 逸脱 といった言葉が、私の書いた説明文の中に残っていました。業務で日常的に使っているので、難しい言葉だと思っていませんでした。

いまは、読み手を設定して点検できます

ここがAIで変わったところです。

これまで、資料が伝わるかどうかを確かめる方法は「誰かに読んでもらう」しかありませんでした。

その相手を探すのが大変です。忙しい。気を遣う。しかも「分かりました」と言われて終わることがよくあります。本当に分かったのか、確かめられません。

いまは、読み手を設定して、資料を点検にかけられます。

大事なのは、設定を具体的に渡すことです。

この設定を渡すかどうかで、結果はまるで変わります。 渡さないと、AIは何となく一般的な指摘をします。渡すと、その人が止まる場所を指してきます。

「分かりやすく書いて」と頼むのとは、別の作業です。

実際にやってみました

上に出したような引き継ぎ資料を1枚用意して、読み手を「4月に配属される新卒。この業務は初めてで、社内システムも取引先も知らない」と設定して点検にかけました。

返ってきたものの一部です。

書かれていた言葉 指摘
受注管理を開き 何をするシステムか不明。「注文の内容を確認・処理する社内システム」と足す
保留に落とし、担当へ差し戻します どの担当か不明。入力担当か営業担当か書く
基幹へ連携します どのシステムに、何を送るのかが書かれていない
S区分は集計から除外 完全な社内語。区分の条件を書かないと判断できない
例のシートに記録 正式名も置き場所もない。この手順は実行できない
15時の便に間に合わなければ翌日回し 物流の便か、社内の締切かが判別できない

最後の1行は、私が仕込んだつもりのない曖昧さでした。書いているときは、どちらの意味でも通ると思っていなかったからです。

そして、関係先については別枠で返ってきました。

出てくる名前 書かれていること 抜けていること
A社 システム保守 どのシステムを保守しているのか。障害・ログイン不可・遅延など、どこまで扱うのか
B社 受注管理の開発元 A社との責任分界。障害はA社、仕様や改修はB社なのかが曖昧
品質管理部 傾向を共有 何を判断する部署か。共有だけでよいのか、改善依頼や承認が必要なのか

A社との責任分界」。ここを指されたのが、いちばん効きました。用語を1つも直さなくても、この一行が書いてあるかどうかで、引き継いだ人が動けるかが変わります。

直し方は、たいてい1つです

手順を増やすのではなく、その手順が何をしているかを前に出す。 これだけです。

修正前

朝イチで受注管理を開き、前日ぶんの新規を確認します。
不備があるものは保留に落とし、担当へ差し戻します。

修正後

朝いちばんに、受注管理(注文の内容を確認・処理する社内システム)を開きます。
前日に入った新しい注文を確認してください。
内容に不足や誤りがあるものは、保留(処理を止める状態)に変更し、入力した営業担当へ修正を依頼します。

手順そのものは1つも変えていません。 増えたのは、システムが何をするものかと、誰に戻すのかだけです。

関係先も同じです。

修正前

修正後

「迷ったらどちらが先か」まで書いてあるかどうかで、引き継いだ人が動けるかが決まります。

「説明した」と「展開しただけ」は違います

もう1つ、よくある勘違いを書いておきます。

書き方 判定 なぜ
受注管理(注文の内容を確認・処理する社内システム) ✅ 説明済み 何をするものかが分かる
受注管理システム ⚠️ 展開しただけ 「システム」を足しただけ。何をするかは不明のまま
KPI(重要業績評価指標) ⚠️ 展開しただけ 正式名称に置き換えただけ。 かえって難しくなっている

下の2つは、書いた本人には「説明した」感覚があります。ですが読む人にとっては、知らない言葉が増えただけです。

基準はひとつ。その言葉が「何をするものか」が書いてあるかです。「KPI」なら「目標に近づいているかを見る数字」。正式名称より、こちらのほうが伝わります。

明日からやるなら、この5つです

道具がなくても、見るところは同じです。資料を1つ開いて、上から順に見てください。

  1. 誰に読ませるかを、先に決める(これが抜けると、あとは全部ぶれます)
  2. 社内の略語・業界の言い方・システム名が、説明なしで出ていないか
  3. 「例のシート」「あの画面」のように、指示語でごまかされた固有名がないか
  4. 初出で、何をするものかが書いてあるか(3回目で説明しても、読む人はもう戻ってきません)
  5. 登場する会社・部署が、何をする相手か書いてあるか(ここがいちばん見落とされます)

全部直そうとしないのが、続けるコツです。 私が自分の資料にかけたときも、指摘は26件出ましたが、直したのは入口の数件だけでした。残りは文脈で読めます。

なお、この5点をAIにやらせる手順書(スキル)も公開しています。無料で、中身はテキストなので自分の業界向けに書き換えられます。

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よくある質問

Q. どこから手を付ければいいですか?
A. いちばん使い回している資料からです。私の場合、ブログ記事の末尾に毎回貼っている会社紹介文に「要件定義」という説明のない言葉が入っていて、17本すべてに同じ穴が空いていました。貼るだけになった文章は、誰も読み直しません。

Q. 自分の資料を、自分で点検できないのはなぜですか?
A. 意味を知っているからです。とくに社内用語や、自分で作った言い回しは、書いた瞬間から意味が通っているので、説明が要るものとして認識されません。

Q. 用語を全部説明すると、資料が長くなりませんか?
A. なります。だから全部は直しません。読む人が最初に止まる場所だけを減らすのが現実的です。

Q. 手順書が使われない原因は、用語だけですか?
A. いいえ。前提が書かれていない、画面が変わっている、そもそも読む時間がない。原因はいくつもあります。ただ、用語と関係性は、真っ先に確認できて、直すコストが小さい部類です。

Q. 関係先の説明は、どこまで書けばいいですか?
A. 「問題が起きたとき、まずどこへ持っていくか」が決まる程度までです。会社概要は要りません。担当範囲と、迷ったときの優先順位が書いてあれば、引き継いだ人は動けます。

Q. 医療や法律に関わる言葉も、噛み砕いていいですか?
A. 気をつけてください。平易にすることと、言い切ることは別です。 「◯◯とは〜という制度です」と書くと分かりやすくなりますが、同時にその分野の説明に踏み込んでいます。私も一度、踏み越えるところでした。

おわりに

「あの人しか分からない」状態を崩そうとして、手順書を作る。正しい方向です。

ですが、書いた手順書が書いた人の言葉のままなら、読める人はやはり限られます。手順は文書になっても、言葉のほうが属人化したままです。

今回いちばん効いたのは、用語を足したことではありませんでした。「誰でも使えます」と書きながら、実際には前提を要求していた、という自分の思い込みに気づいたことです。

まず、その資料を誰に読ませたいのかを、書き出してみてください。 名前でも、立場でも構いません。「4月に入る新卒」「他部署から来る人」。

そこが決まると、どこを説明すべきかは、かなり自動的に決まります。

「1つの資料を見てほしい」からで構いません。

ご相談としては、こういう形が多いです。

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